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夢見るたまご

「ポケモンの孵卵器ってすごく需要がありそうなのに一般普及しませんよね」
ジムでの書類作業中、リョウタがポツリと呟いた。
「あーそりゃ一般家庭じゃ管理が難しいからさ。 使用や手入れは誰でもできるが注意しないといけない事がある」
「へえ、何でしょうか?」
「遺伝子融合」
「えっ」
「孵卵器を起動させたら器内に有機物が混ざらないように管理を徹底しないとならない。
だから一般人の使用には必ず博士や研究者など、専門家が監視の上で行う義務があるらしいぜ? 人間の体毛なんかが孵卵器に入り込むと……」
「……入り込むと?」
「人間とポケモンの遺伝子が混じった生命体が発生するとか」
「うわぁ……大ごとですね」
「ま、トレーナーならそんな事態にならないよう気を付けろよな!」
「肝に命じておきます……」
とは言え、オレも噂レベルの忠告として先任から聞いた程度の知識なのでどこまで本当なのか知らない。
だが孵化器の管理については本当にしっかりしておかないと大変な事になるだろう。
例えばの話になるが、もし仮に『ミュウツー』のようなとんでもない存在が生まれた場合、
その責任は一体誰が負うことになるのか……
うん、気をつけるに越した事は無いよな。
そんな話をしている内に定時が来たので全員帰してオレも帰路につく。
家に帰ると、先に家に来ていたオレの恋人ことマクワが出迎えてくれた。
同業者でもしばしばスケジュールがずれるオレたちは、片方がいない時は家にいる方が家事を担当するのが自然と習慣化していた。
もちろん忙しいのはお互い様なので、やらずに寛いてくれて全然構わないのだが、家のドアを開けた瞬間に、飯ができていると分かる匂いがするのは仕事帰りの疲れた心に沁みてなんとも嬉しい。
「お帰りなさい」
「いい匂いする、飯作ってくれたの?」
「お風呂も沸かしてあるからどちらを先にしても良いですよ」
「ふーん、オマエも選択肢に入る?」
 マクワを抱き寄せると意味を察したらしく頬を赤らめた。
「べ、別に含めてもいいけど……いややっぱり選択制却下です! 冷めないうちにご飯食べて下さい!」
 恥ずかしがってジタバタする姿に思わず口元が緩む。
 可愛いヤツめ。
「はいはい。じゃあ食後のお楽しみだな」
 耳まで真っ赤にして俯きがちになっている恋人の顔を上げさせてキスをする。
 
 ふと、部屋の隅を見ると、卵の入った孵卵器が置いてあった。
「あれどうしたんだ?」
「……ワイルドエリアの警備、今日の午前がうちの担当だったんですけど、その時に街の外壁の側にできた溝にはまっている卵を見つけて拾ったら、リーグスタッフの方が使った方が良いかもしれないとこの孵卵器を」
「へえ、けどさ……」
「わかってます。 孵化するまで器内に有機物が入らないように見張るのは結構大変ですよね」
「まあオレもよく分かって無いんだけどな」
「一応、明後日にはこちらにマクロコスモス系列の研究所の方が来て預かってくれるそうなので、
二日気をつければ大丈夫です」
「そっか。なら安心かな?」
 そんなやりとりもそこそこに、オレは作ってもらった夕飯も、その後マクワもおいしくいただいて満足し、
風呂も済ませて寝るかといったところでだ、うっかり足を引っ掛けて孵卵器を横倒しにしてしまった。
慌てて立て直してベッドに戻り、何ごとも無かったように寝た。
まさかその時に孵卵器の中に、床に落ちていたマクワの髪の毛が1本入り込んでいたとは夢にも思わずに……
 次の日、マクワはジムの設備点検の為に朝早くから出ていて、オレは部屋に一人でいた。
不意に違和感に気づく。孵卵器の中の卵の様子がおかしい……
昨日までよく見かける斑点模様の大きな卵があったはずの孵卵器の中には、真珠のような光沢をした手のひらサイズの小さな白い卵が鎮座していた。
「え……何で?」
 異様な変化に慌てて孵卵器の側に行きよく見ると、孵卵器の中に銀緑色と金色のグラデーションを描く淡い色の髪の毛が落ちている。
 マクワの髪の毛だ……まさか昨日オレが孵卵器を倒した際に床に落ちていた毛が入りでもしたのか?
いや待て、マクワはたしか2日後に回収が来ると言っていた。
つまりそれまで孵化しないように……いや待て何を責任逃れしようとしているんだバカかオレは。
しかも明らかに卵が、人間の有機物に反応して変容しているんだぞ。
 でもどうするんだこれ……
まとまりの無い考えが頭の中をぐるぐるしている内に、ピチ、と小さく卵が鳴る。
やべぇ何か孵化しそう……!
 オレは訳も分からず孵卵器から卵を取り出してとりあえず毛布に包んで抱っこした。
な、何が生まれるんだ……!?恐ろしさ半分、興味半分でオレは卵を見つめているとパリパリと薄い卵殻が剥がれ、出てきたのは――
 手のひらサイズのマクワだった。
と言っても、本人より少し幼い姿だ。
「ええー!!何これ可愛い!」
 オレが大声を出したせいで小人サイズのマクワがびっくりしている。
ああゴメンな、怖かったなぁ〜よしよーし。
指先でそっと頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた、かわいい。
卵の殻が体にまとわりついているので洗面器にぬるま湯を入れた簡易湯船で洗い流してやるころには、オレの事を信用したみたいで、懐いてくるようになった。
 どうやら言葉は話さないらしい。
 さて、この小さな生き物を各方面……特にもうすぐ仕事を終えて帰ってくるであろうマクワにどう説明したものか。
 そんなことを考えつつオレは小さなマクワの可愛さにデレデレになっていた。
 結局、夕方帰ってきたマクワに正直に話し始めたら、「どうするんですか!?」と困惑した顔をされてしまった。
「でもしょうがないじゃん!こんな可愛い生きもの生まれてきちまったんだもん!!」
「何の言い訳にもなっていないんですよ……」
小さい方のマクワは、薄くカットしてやった木の実をショリショリと食べている。
甘い木の実が好きなようだ。
「明後日には卵の回収がくるのにどう説明したら……」マクワが頭を抱える。
そうなんだよな、研究施設に渡す予定の卵がまさかの手乗りサイズの人間になったなんて知られたらどんな騒ぎになるかわかったものではない。
「まあ……研究サンプルとして連れて行かれちゃうかもしれませんね、ぼくそっくりなのですごく複雑ですが」
「やだ!」
「やだ!?」
「孵卵器だけ渡してこいつは二人で育てよう!こいつはオレ達カップルにコウノトリが連れてきたベビーだよ!」
そう言ってオレは小さなマクワを抱き上げた。
小さなマクワはきょとんとした顔でこちらを見上げていたが、やがて嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ああ、可愛い。
そんなオレ達のやりとりを見ていたマクワは呆れたようにため息をついた。
後日、卵と孵卵器の回収に来た研究員にも呆れ顔をされた。
「実はよくあるんですよ、だから孵卵器の一般普及はされておりませんし、イレギュラーについての仔細が伏せられているわけです」
「というと」
マクワが研究員に聞くと、研究員は小さいマクワにデレデレしているオレを指さす。
「結構な割合でこのような事態になる為、厄介な事が起こりやすいんですよ。人間に近いポケモンが生まれると広まれば興味本位で故意に遺伝子事故を起こす人も出てきてしまう。 それにこの個体は成功していますが、孵化の時点での失敗率も高いですからね」
研究員は検体として小さいマクワの髪の毛を数本カットし試験管に詰めると、懐からパンフレットを出してオレたちに渡す。
「その子はひとまず育てても良いですが必ずこちらに書いてある事を守って下さい」
そこには、

・体調不良などの際に一般のポケモンセンターに連れて行かないこと

・不調が見られる場合はまず所定の連絡先(×××-△△○○)に電話すること

・研究所が定める健康診断に受けさせること

・第三者に存在を知られないよう室内飼育を徹底すること

などなどの注意書きがつらつらと書かれていた。
マクワはそれを読んでまた深くため息をつく。
その後マクワが研究所に電話して確認したところ、木の実の他にはポケモン用のフードも食べられるだろうとの事だった。
「……技とか使うのかな」
「知りませんよ」
マクワが小さなマクワを膝の上に乗せて言う。
「今検体を検査した第一結果がメールで来ましたが、豆電球を光らせる程度のエネルギーの発露しか見られず現状危険性はないと見做してよいとの話でした。
真っ先にエネルギー測定に回すあたりがマクロコスモスらしいですね……
ただ珍しいのでこれから色々と調べられるんでしょうけれど、こちらからはあまりあれこれ聞かない方が無難ですね」
「……だな」
「それじゃあ、名前決めましょう。いつまでも『小さなマクワ』と呼ぶ訳にもいかないですから」
マクワが提案してきたので、オレも賛成した。
「うーん、お前は何て名前がいい?」
本人に語りかけてみると、不思議そうにこてんと首を傾げた、かわいい。
「マクワ……って名前はダメですよ、ぼくの名前だし」
「“ち”いさい“ま”くわだからチマちゃんかなー」
「そんな安直な」
「分かりやすいって言ってくれよぉ」
オレ達がああでもないこうでもないと悩んでいる間に、小さいマクワは眠くなったのか目を擦り始めた。
「おやすみの時間みたいだぜ」
「寝かしつけてきますね」
「頼んだ」
「はいはい、ほらおいで」
マクワが小さいマクワを両手で持ち上げる。
寝室のサイドチェストの上に設置したカゴクッションなどで作った小さなベッドに連れて行った。
「さっきの話ですけど、まあ呼び易いし「チマ」で良いですよ、あの子の名前」
「そう? じゃあそうするか」
次の日朝起きると、カゴの中ですでに起きていたチマが、あくびをしている。
「おはようございます、キバナさん」
「おう、マクワは今日休みだよな?」
「ええ、チマの事もありますし家にいますよ」
「そっか」
「それでなんですけど……」
「ん?」
「この家毛糸とか裁縫セットや布とかあります?」
「ああ、オレも気にしてた」
 チマは手のひらサイズで小さいので着せられる服が無い。今のところタオルを体に巻いて服代わりにしている。
「毛糸以外はあるぜ、出してくる」
 オレも時間がある時に作ってみるか。
「でもぼく碌に裁縫した事が無いのであまり期待してほしくは無いのと、まあ替えもあったほうがいいので」
「そうだな、ちょっとおもちゃ屋で人形用の服でも帰りに見てくるわ」
 チマの体を簡単に採寸して、オレはメモを財布に入れて仕事に出た。
帰り道、ナックルシティのおもちゃ屋に寄ってメモしたサイズに近い人形用の服が無いか店員に聞くと、取り寄せが必要になるというので注文して、後日それを受け取りに行く事にした。
店を出れば大通りには観光客目当てのお土産屋が立ち並び、行き交う人々も多い。たまにはと、いつもは通らない裏道を通って帰る事にした。そんな時、普段通らない路地の途中にあるドール専門店が目に留まる。
ショーウィンドウには装飾がたっぷりのドール用の服がいっぱい。なんとなく入り込むと、これまたドールのように着飾った店員に微笑まれる。
「だからな、サイズ書いたメモ見せたらちょうどいいのがあって……おもちゃ屋の方は数日待つし、ああいう店のがいい生地使った服ありそうじゃん、それで」
「言い訳はいいです」
 買ってきたドール用の洋服、サイズがぴったりの申し分の無いものだが、マクワが眉間にシワを寄せる原因はその量だ。
「こんなに大量に服が要るなんて言っていませんよ!? 一か月被らないレベルじゃないですか!」
「全部似合うと思ったんだよぉ!」
「お店の人からすれば相当いいお客さんですね……」
 マクワはため息をつくと、「もういいですよ」と言って、テーブルにずらりと並んだ服から見繕った一式を着せる。チマは裸にタオルの時より動きやすくなったようでご機嫌だ。
次の日、マクワが買い物に出かけている間に、小さなマクワ改めチマを連れてリビングに向かいテレビを見せてみる。
しかし反応が悪い。小さいから見えていないのかと思いテレビの前に座らせてやると、しばらくじっとしていた後、いきなり立ち上がり部屋中を走り回る。そのスピードは早い。オレは慌てて捕まえようと追いかけるが、すばしっこくてなかなか捕まらない。
 こういう時は押してダメなら引いてみろだ。オレはしばらくじっと部屋の入り口付近で床に座り込み、チマの警戒が緩むのを待つ。
と、走り飽きたらしいチマの方からオレの方に寄って来てオレの太腿によじ登って来た……かわいいなぁ。
「おおよしよし、あんまりイタズラするんじゃないぞ」
 頭を撫でるついでに顔の高さまで持ち上げると、チマは目を細めて気持ち良さそうにしている。
なんだか生まれたてのチラーミィみたいだ。
チマは何かを探すようにキョロキョロと見回した後、
目当てのものがなかったのか大人しくなってしまった。あれ?もしかしてマクワのことを探していたのか?
「マクワなら今買い物に行ってるぞ」
 オレの言葉が分かっているのか謎だが、チマはコクリと頷いた。
人間が自分に話しかけているという事はわかっているみたいだ。生態というと妙な感じだが、だんだんとこの小さな生き物への理解が深まっていくのは楽しいと思った。
そんな生活をしていたある日の朝の事だった。
「キバナさん! チマが……!」
「どうした!?」
 マクワが慌てた様子で、寝ていたチマをカゴのベッドごと居間に連れてくる。チマはスヤスヤと寝ているが、異変はすぐに分かった。
チマの頭からフロストガラスのような質感で半透明なツノが生えている。
「まさか……」
 オレはチマのパジャマのズボンをずらしてお尻を見ると、ちっちゃな尻尾も生えていた。
「こ、この子ドラゴンタイプだったんですね……」
 よくよく考えてみれば、人間の遺伝子が混ざったとはいえ、元はポケモンなのだ。何らかのタイプはあるんだよな、でもまさかドラゴンとは。
マクワが急いで自分のスマホでポケモン図鑑を開く。そしてスキャン機能を起動してチマにかざした。
「えっと……ドラパルト……?」
「ん?なんて言ったんだ?」
「スキャン結果がドラパルトと出ました。
確かドラゴンタイプのゴースト複合ですよね?」
「マジかー」
 ツノや尻尾の形自体はどのドラゴンタイプとも似ていないが、色が透けている理由はまあ分かった。背を見ると翼が生える様子は見られ無いので確かにあの卵の原型はドラパルトのものだったんだろう。
まだ眠っているチマの尻尾がパタパタと左右に揺れる。
「ふふ、尻尾パタパタしてる。 かわいー」
 思わず笑ってしまうと、チマがパチッと目を開ける。
それからむくりと起き上がり、キョロキョロと辺りを見回すと、
目の前にいたオレの顔を見てビクッと飛び上がった。
 「あっ」
 チマはふよふよ浮遊してマクワの後ろに隠れる。
マジでドラパルトみたいだな、いやサイズからすればまだドラメシヤって感じがするが。
 「怖がらないで大丈夫だよ」
 「…(コク)」
 マクワが声をかけると、チマは恐る恐るといった感じで出てきた。
寝起きにどアップで遭遇した顔の正体がオレだと気付くと、安心したらしく寄ってきた。
その小さな体を両手で抱き上げる。
 「ごめんな驚かせて」
 「……」
 チマは不思議そうにオレの顔を覗き込む。
 「なあチマ、お前ドラゴンだったんだなぁ」
 そう言って頭を撫でると、チマは嬉しそうに目を細めた。

 オレは腕の中のチマを見た。
人間とドラゴンのハーフという珍しい存在。
オレのミスで生み出してしまったわけだけどいまやとても愛しかった、これからどうやって育てようかな。
そんな事を考えながらリビングに行くと、マクワは朝食を作り始めた。今日はパンケーキらしい。
チマをソファーで待たせてマクワを手伝っていると、オレ達が朝飯を用意する様子を大人しく見ていた。
セッティングが済んでテーブルの上にチマを連れてくると、ちょこんと座り込んだ。
 「食べましょうか」
 「ああ、いただきます」
 「あう」
 「ん!?」
 オレらの顔を見ながらいままで声を発した事のないチマが何かを言った。
 「オマエ今、いただきますって言おうとした?」
 「う」
 「お腹空いてたのか、いっぱい食えよ」
 「あい」
 「……やっぱり、今のは『はい』じゃないですか?」
 「そうなの? じゃあ、『はい』だな」
 マクワが小分けに切ってやったパンケーキを食べながら、チマは自分を覗き込むでかい生き物二匹に向かってにこりと笑った。

 「っていう初夢を見たんだよ!」
 「また随分と具体的な夢ですね」
 「そーだろ? でもなんかすげぇリアルなんだよな、本当に孵卵器と卵調達して試したいくらいだ」
 「ダメですよ? 孵卵器の一般人の使用には?」
 「必ず博士や研究者など、専門家が監視の上で行う義務がある……」
 「よく出来ました」
 「あーあ、オマエにそっくりで可愛かったんだよなぁ、夢だったのかぁ」
 未練がましく言うオレをおかしそうにマクワが笑う。
オレはソファに座っているマクワの背後に回って、後ろからぎゅっと抱きしめた。
 「どうしました?」
 「んー、マクワ可愛いなーと思って」
 「なんですかそれ」
 目覚めるのが惜しい夢だったが、現実に戻っても可愛い恋人がいてくれる、
そんな幸せを噛み締めるようにオレはマクワにキスをした。